尾山台今昔物語_2020050117
■東京急行
生活の起点とも言える「尾山台駅」と東急の歴史を田園都市線宮崎台の東急「電車とバスの博物館」に行って調べてきました。(以前は高津にあったものを宮崎台に移しリニューアルしました)

東急「電車とバスの博物館」入場券
(駅の自動改札と同じシステム) |

昭和36年の尾山台駅 |
正式には東京急行電鉄株式会社です。
現在は東横線、田園都市線、目黒線、東急多摩川線、池上線、世田谷線、こどもの国線、そして大井町線の8路線です。昨年から東横線は横浜からみなとみらい線の元町・中華街駅まで直通運転をしています。

大井町線を走るモハ1形(開通間近なころ) |

昭和28年(1953)9月1日 改良前の自由が丘駅ホーム |
■ 東京急行の主な歴史(開通)
| 明治40年(1907) |
玉川電車(渋谷〜二子玉川)開通、後に溝の口まで延長[昭和44年(1969)廃止] |
| 大正11年(1922) |
目黒蒲田電鉄(東京急行の前身)設立 |
| 大正12年(1923) |
目蒲線(目黒〜蒲田)全線開通(目黒蒲田電鉄=現、東急) |
| 昭和2年(1927) |
東横線(渋谷〜神奈川)開通(東京横浜電鉄=現、東急) |
| 昭和4年(1929) |
大井町線、大井町〜二子玉川が全線開通(後に溝の口まで延長) |
| 昭和5年4月1日 |
尾山台駅新設 |
| 昭和41年(1966) |
大井町線が田園都市線に改名、長津田まで延長 |
| 昭和52年(1977) |
新玉川線、渋谷〜二子玉川間開通(一部列車は渋谷〜長津田間直通運転)
大井町〜二子玉川は大井町線に再改名 |

昭和30年代の大井町線デハ3300形 |

昭和33年6月9日自由が丘駅改札口全景 |
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■運賃の変革を調べました。

●開通間近の切符
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(上段・左)昭和3年12月7日
大岡山〜不動前・目黒 10銭
(上段・右)昭和4年5月17日
洗足〜池月(北千束)・東洗足(旗の台駅に統合)5銭
(下段・左)昭和5年3月10日
荏原町〜中丸山(緑が丘)6銭
(下段・右)昭和4年4月25日
大井町〜戸越(下神明)・中延 5銭 |
●尾山台駅からの運賃(単位:円)と尾山台駅1日の平均乗降客数(人)
| ------- |
昭和25年ごろ
|
昭和30年ごろ
|
昭和40年ごろ
|
昭和50年ごろ
|
昭和60年ごろ
|
平成15年
|
| 自由が丘 |
5
|
10
|
10
|
40
|
80
|
110
|
| 大井町 |
10
|
20
|
20
|
60
|
100
|
190
|
| 渋谷 |
15
|
20
|
30
|
60
|
100
|
190
|
| 横浜 |
30
|
40
|
50
|
80
|
140
|
240
|
乗降客数
(人) |
|
19,700
|
22,800
|
24,300
|
24,700
|
24,881
|
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■改札口はマニュアルでした
かつて、キップは「●●●まで1枚」といって対面販売で購入、改札ではキップ1枚1枚ハサミを入れていました。そして次第に自動券売機と自動改札に替わりました。

電車とバスの博物館、高津駅の切符売り場
/再現昭和39年(1964) |

高津駅からの料金表
昭和39年(1964) |

ハサミの実物
[正式には改札鋏(かいさつきょう)と言います]
ハサミの切り口は駅によって異なります |
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■東京急行のホームページ http://www.tokyu.co.jp/
運転状況、時刻表、運賃、各種情報が大変役に立ちます。東急バスのホームページへも閲覧できます。
東急のホームページを一度ご覧ください。
参考文献
(1)「東京急行50年史」 東京急行電鉄
(2)「回想の東京急行(II)」 大正出版
(3)「世田谷区まちなみ形成史」 世田谷区編
※ 上記参考資料は世田谷区の図書館に蔵書しています(一部取り寄せです)
取材協力・資料提供 東京急行電鉄
参考資料

昭和41年(1966)から
大井町線が田園都市線に改名、
長津田まで直通運転
クハ3770形(二子新地駅) |

大井町〜こどもの国まで直通運転
オールステンレス車、
デハ7000形(緑が丘駅) |

東京急行 2004年度版社会環境報告書表紙
企業の事業活動にともなう環境への取り組みについて毎年情報を開示しています |
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