尾山台今昔物語_1420041004

古い道路標識=道しるべ
現在残る「道しるべ」は江戸時代以降の石材や自然石に彫られたものがほとんどです。徳川幕府の政治が安定し、街道が開け庶民の信仰をよせた寺社めぐり、名所めぐりが盛んになった江戸中期以降、道標は多く設置されました。仏教における供養のあり方の一つとして造塔することによって功徳を得ることの石造物に道案内の銘文を併記したものです。合わせて旅人の安全や健康を祈願するものも多くあります。

多くは昔の街道や別れ道に設置していたが、大正から昭和29年まで玉川全円耕地整理によって大掛かりな宅地開発と道路整備が行われ、その位置も変化しました。
尾山台の周辺に残る道標のうち代表的なものを紹介します。

秋の散歩の折に訪れてはいかがでしょうか。

道しるべマップはこちら

1.「切り石」(きりいし) 尾山台1-19  年不詳
尾山台から環八通りの玉川浄水場の手前を多摩川の方面に右折。
この石柱は奥沢村、尾山村、等々力村(飛び地)の村境の境界石でした。
「切り石」はそのことを示します。

「奥沢道」「九品仏道」と刻まれています
個人宅の中にあって塀の合間から見学が出来ます
村の境界を示した道標です

2.伝乗寺(でんじょうじ)「馬頭坐像」 尾山台2-10-3  慶応2年(1766)

伝乗寺
現在、五重塔新設工事が行われ見学と撮影が出来ませんでした。完成は来年夏ごろを予定し、この道標もあわせて見ることが出来るようになります。
東、品川、六郷道 
左、たき(等々力不動)、のけ(野毛)渡道 
右、世田ヶや、ふちう(府中)道

3.「道しるべ地蔵」 奥沢5-9   年不詳
等々力通りを尾山台から奥沢方面に行き、東横線の踏み切りを渡ってすぐに右折、最初の路地を左に入って行った左側にあります。村境や分かれ道にお地蔵様をまつって安全を祈願しました。その後、耕地整理で旧道がなくなり毛利家が庭先に移転しました。

道しるべ地蔵
西 九品仏道
南 新田、池上道 

4.奥沢神社「如意輪観音坐像」 奥沢5-22-1 天明6年(1786)
境内の入口左側にあります。

正面 如意輪観音坐像
右 品川 ミち
左 めぐろミち

5.九品仏参道「庚申塔」 奥沢7-41-3、 路傍  文化8年(1811)
九品仏駅から参道の途中で九品仏出張所前にあります。

「庚申塔」
右面 九品仏道

6.「地蔵坐像」 等々力7-14-2   路傍  延享3年(1746)

「地蔵坐像」
左面  右 大山街道 二子渡し
左面  左 影向寺中稲毛 江

7.「九品仏道」 等々力7-13   路傍   年不詳

「九品仏道」石柱
正面 九品仏(道) 
左面 玉川

8.「丸彫地蔵像」 目黒区自由が丘3-1-1  丸彫地蔵像 寛保4年(1744)、地蔵像蓮座 明治19年(1886)
浄真寺のゆかりのある信者が日蓮宗の多い衾村(ふすまむら)(現在の八雲・自由が 丘の一部)に道標を立てるので「南妙法蓮華経」の文字を刻むことで承諾されたと伝えられています。元禄ころにはこの地域に九品仏詣での立ち寄る茶店や念仏信者の講宿が軒並みあったそうです。

「丸彫地蔵像」目黒通りから九品仏への道しるべ
正面 九品仏江
右面 南妙法蓮華経
左面 南無阿弥陀仏

参考文献  1.「てくたくぶっく」九品仏コース編   玉川地域活動団体協議会
      2.「てくたくぶっく」等々力渓谷コース編 玉川地域活動団体協議会
      3.「世田谷区石造遺物調査報告書」T〜W 世田谷区編

『尾山台今昔物語』プロジェクト 担当 =M