
尾山台駅の駅名表示板 |
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昭和5年4月1日、尾山台駅として新設。
玉川村の強い要請により大井町線が開通した半年後「尾山台駅」が新設されました。
駅名の由来は、駅の位置が地域の小字名の「尾山」と「台」地区に接しているため、合わせて「尾山台駅」となりました。一般的に台地の地形に「台」を使いますが、尾山台の場合は地区の名からです。
「回想の東京急行(II)」(大正出版)この本は尾山台図書館にはありませんが
他の区の図書館から取り寄せてくれます。
● 検証その2 「尾山台」地名の由来
※参考文献 「『民話 おやまだい』尾山台小学校創立五十周年によせて」
豊田真佐男(正雄)氏の著書(「尾山台今昔物語」監修者)
尾山台中学校の周辺は、昔、等々力村 字(あざ)「臺(台)場(だいば)」と呼ばれていました。奥沢城(現在、九品仏浄真寺)を守るための小さな砦があったと言われています。
明治12年発行、地券状=現在の土地権利書武蔵野国荏原郡等々力村第1448番字(あざ)臺(台)場(だいば)とあります。
昔、等々力村字「台場」だったところに、昭和25年(1950)尾山台中学校が開校されました。
尾山台中学校所在地:世田谷区尾山台3丁目27番23号
尾山台中学校の現在の生徒数285名(男子153名、女子132名)が在学中です
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■小山村から尾山村、そして玉川村
古くは荏原郡「小山村」と称し「田園簿」「元禄郷帳(1834年)」に掲載されていました。明治13年(1880)地方行政区画便覧に「尾山村」と記載されています。
現在の尾山台1丁目周辺にあたります。
後に明治22年(1889)明治政府が市町村制の実施で、奥沢、尾山、等々力、野良田、上野毛、下野毛、瀬田、用賀の8村は合併し新たに玉川村となりました。
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