尾山台今昔物語_420040517

「荏原郡兎々呂城村字八幡下」の石柱
ハッピーロード尾山台商店街の芝信用金庫の近くの、うなぎ「さか井」の店先に 「荏原郡(えばらぐん)兎々呂城村(とどろきむら)字 八幡下(あざ はちまんした)」 の石柱があります。兎々呂城は後の「等々力」となった由来を説明しました。(今昔物語_2)このことをもっと皆さんに知ってほしいと、うなぎ「さか井」ご主人、酒井栄一郎さんが昭和40年(1965年)ごろに郷土史研究家の豊田正雄氏の助言で設置しました。

■等々力2-18-12
うなぎ「さか井」の店頭にある
「荏原郡兎々城村字八幡下」石柱

■ハッピーロード尾山台から見た
お店、うなぎ「さか井」

■うなぎ「さか井」ご主人
酒井栄一郎さん

■うなぎ「さか井」に飾られた昔のとっくり「等々力」など、大小26本のとっくりが棚の上に飾られています。昔は酒屋さんの名、上得意の名でとっくりを作ったそうです。

「八幡下」の八幡さまはどこにあったの・・・?
(参考資料:世田谷ふるさとめぐり「てくたくぶっく」等々力渓谷コース編
: 玉川地域活動団体連絡協議会編)
うなぎ「さか井」の石柱にある「八幡下」とある八幡さまは、「打出の八幡さま」と呼ばれ、現在の等々力2丁目15番にありました。
江戸時代、今の環状8号道路沿いの等々力1-32付近に、秋山清兵衛さんという豪農が自宅の庭に八幡の社をお祭りし、地元では「清兵衛八幡」と呼んでいました。明治になって霊(みたま)を「打出の八幡社」に移し、秋祭りと日蓮宗のお会式を、神仏(しんぶつ)混淆(こんこう)の形で実施してきました。
昭和30年ごろまで、小さな社殿があり、境内は子どもたちのよき遊び場で、シーソーや遊具があったとか。現在は全て宅地に変貌しました。

■今は住宅となっている打出八幡の跡


■等々力2-15に残る「打出八幡」の石柱
小さいのでお見逃しなく

玉川地域の名所旧跡に石柱174本が設置
玉川の郷土を知る会(旧名称:玉川地域活動団体連絡協議会)は昭和59年(1984 年)に設立、14年の歳月をかけ玉川の名所旧跡に173本の石柱を建てました。
「町の歴史を後世に伝えよう」ということで、この石柱173本の設置場所を5つのコースに分け「ふるさとめぐり」を推奨しています。このガイドブック「世田谷ふるさとめぐり『てくたくぶっく』」5巻が発売中です。各石柱へのモデルコース、場所と解説が掲載されています。

■左から、『てくたくぶっく』の兵庫島コース、等々力渓谷コース、九品仏コース、駒沢公園コース、用賀・馬事公苑コース(各巻200円)
●この本の販売は
玉川総合支所 地域振興課 地域振興・防災係
用賀出張所(玉川台2-18-18)
二子玉川区民サービスコーナー(二子玉川分室)
●お問い合わせは
玉川総合支所 地域振興課 地域振興・防災係
 電話(03)3702-1603

『尾山台今昔物語』プロジェクト 担当 =M