尾山台今昔物語_320040503

ハッピーロード尾山台商店街のはなし
ハッピーロード尾山台商店街の道路整備は戦後、大きな改修が2回ありました。
昭和36年に本格的な舗装工事が行われました。
当時は両側に電柱がありました。商店街の街灯が設置されました。

■昭和36年(1961年)
商店街の道路工事風景
懐かしいお店の風景とボンネット型ダンプカーが当時を忍ばせます。
(世田谷区郷土資料館所蔵)

「馬頭観世音菩薩」石柱 (解説・資料提供 郷土史研究家 豊田正雄氏)
尾山台小学校の校庭南側に、「馬頭観世音菩薩(ばとうかんぜおんぼさつ)」という石碑が立っています。すぐ近くには区の広報掲示板があります。馬頭観音とはお釈迦様の弟子である八大明王の一人で、馬の頭に化身した守り神です。
昔、尾山台小学校の周りはほとんど農地でした。農業には畑を耕したり、野菜を運ぶために馬は貴重な機動力でした。馬が病気や怪我をしないようにどの村でも道筋に馬頭観音碑を建てるようになりました。
この石碑は世田谷区内最後の馬頭観音碑といわれています。

■尾山台小学校南側にある
「馬頭観世音菩薩」石碑
大正5年(1926年)5月30日と記され、
いつもどなたかがお水と花が供えています
(宮木義雄撮影)

世田谷区の人口“今昔”
 世田谷区の人口が昨年末に80万人を超えました。
 戦後の人口の変化を調べてみました。(世田谷区役所ホームページから)
 近年の人口の増減は経済状況と関係するようにみえます。
 最近はバブル最盛期より人口が増加しました。
 このところの人口の増加は景気回復の予兆でしょうか?

 調査年  人口(人)※各年の1月1日の人口です
 昭和21年(1946年)  約311,753人
 昭和25年(1950年)  約398,990人
 昭和30年(1955年)  約510,270人
 昭和35年(1960年)  約615,738人
 昭和40年(1965年)  約699,128人
 昭和45年(1970年)  約748,634人
 昭和50年(1975年)  約765,205人
 昭和55年(1980年)  約770,818人
 昭和60年(1985年)  約783,724人
 昭和62年(1987年)  約794,639人(バブル経済最盛期ごろ)
 平成02年(1990年)  約776,385人
 平成07年(1995年)  約762,007人
 平成12年(2000年)  約779,974人
 平成15年(2003年)  約795,328人

『尾山台今昔物語』プロジェクト 担当 =M