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| 尾山台今昔物語_220040419 ■「等々力」という地名の由来 情報提供:豊田正雄氏 深沢の都立園芸高校は、「兎々呂城」(とどろじょう)の城趾です。戦国時代の武将でこの地を領有した北条(ほうじょう)氏康(うじやす)(1513−1571)の家来、南条(なんじょう)右京亮(うきょうのすけ)の居城「兎々呂(とどろ)城(じょう)」がありました。その後「兎々呂城(とどろき)」そして時代を経て、等々力という地名になったというのが有力な説です。 都立園芸高校は日時を決めて校内を見学開放しています。「史跡 兎々呂城趾」の石碑をぜひご覧ください。 |
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また、学校内で生産した野菜を地域の皆さんに日時を決めて販売をしています。 (人気の野菜販売で、開始から30分〜40分で売り切れとなります) (野菜の収穫シーズンには毎週、月・水・金に実施の予定です)
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■ 尾山台駅1日の乗降客数 昔と今は!?(資料提供:東急電鉄) 昭和33年調査開始以降の推移は・・・・・・・
尾山台の玄関ともいえる駅の乗降客数は意外に大きな変動がありません。 朝夕、通りを歩く学生の数は増えているような気がしますが。 ■尾山台駅(平成16年3月31日撮影)
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尾山台小学校は戦後まもなく急に生徒数が増加したため教室が不足し2部授業(午前の部、午後の部)を行いました。当時は、1教室が50名以上のぎゅうぎゅう状態でした。
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『尾山台今昔物語』プロジェクト 担当
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