尾山台今昔物語_220040419

「等々力」という地名の由来  情報提供:豊田正雄氏
深沢の都立園芸高校は、「兎々呂城」(とどろじょう)の城趾
です。戦国時代の武将でこの地を領有した北条(ほうじょう)氏康(うじやす)(1513−1571)の家来、南条(なんじょう)右京亮(うきょうのすけ)の居城「兎々呂(とどろ)城(じょう)」がありました。その後「兎々呂城(とどろき)」そして時代を経て、等々力という地名になったというのが有力な説です。
都立園芸高校は日時を決めて校内を見学開放しています。「史跡 兎々呂城趾
」の石碑をぜひご覧ください。

■都立園芸高校校内にある
「史跡 兎々呂城趾」の石碑

また、学校内で生産した野菜を地域の皆さんに日時を決めて販売をしています。
(人気の野菜販売で、開始から30分〜40分で売り切れとなります)
(野菜の収穫シーズンには毎週、月・水・金に実施の予定です)
■都立園芸高校正門から
校内の見学と野菜の販売の
お問い合わせ先:
都立園芸高校 TEL:3705-2154

尾山台駅1日の乗降客数 昔と今は!?(資料提供:東急電鉄)
昭和33年調査開始以降の推移は・・・・・・・

 昭和33年(1958年)  約19,700人
 昭和40年(1965年)  約22,800人
 昭和45年(1970年)  約23,800人
 昭和50年(1975年)  約24,300人
 昭和55年(1980年)  約23,200人
 昭和60年(1985年)  約24,700人
 平成 元年(1989年)  約24,400人
 平成05年(1993年)  約26,600人
 平成10年(1998年)  約25,300人
 平成14年(2002年)  約24,500人

尾山台の玄関ともいえる駅の乗降客数は意外に大きな変動がありません。
朝夕、通りを歩く学生の数は増えているような気がしますが。
■尾山台駅(平成16年3月31日撮影)


尾山台小学校の在校生の今昔は!?
 おめでとうございます!新入学の皆さん!
 今年も4月に尾山台小学校の入学式が行われました。
 ピカピカの新入学は64名(2004.4.1.現在)です。

■尾山台小学校在籍児童数の昔と今(50年前と比較)
 昭和29年(1954年)4月  1,518人
 平成16年(2004年)4月  452人

尾山台小学校は戦後まもなく急に生徒数が増加したため教室が不足し2部授業(午前の部、午後の部)を行いました。当時は、1教室が50名以上のぎゅうぎゅう状態でした。
現在は一部の教室が給食を食べる「ランチ・ルーム」や「図書室」など、40名学級とゆったりとしていますね。
昭和30年代の
尾山台小学校全景(木造2階建て)
写真:世田谷区立郷土資料館蔵


『尾山台今昔物語』プロジェクト 担当 =M